「待ってました!!」それが母から弁慶を演じることを聞いた時の第一声でした。「武者震いとは、まさにこの事!!!」だと思いました。
もう一つ重圧に思った事は前回の公演で小五の後輩が弁慶を演じたことです。“数ある大役の中でも、「白眉」”といわれる程難しい弁慶を彼は見事に演じきりました。後輩があれ程の弁慶を演じたのだから、自分もやってやるぞ!!と強く思いました。一週間で台詞を覚え、十一月は、歌舞伎座の吉例顔見世公演の勧進帳をお年玉を前借りして観に行きました。先生が地方公演から戻る十二月までに出来る準備は完了させたと、その時は思っていました。そして、後輩は勿論、二人の先輩弁慶にも負けない弁慶を演じてみせると決意しました。
しかし、いざ立ち稽古になると、上手くいかないことだらけでした…。台詞こそ覚えていたものの、「強弱、テンポ、表情」どれを取っても肝腎要がしっくりきません。短期間で覚えられたのは、上っ面だけで、前回の番卒及び後見として出演していた時の記憶が起こした錯覚だったのです。
後輩は余裕を持って本番も演じているように見えましたが、それは、彼の絶え間のない努力の証である事を改めて理解しました。自分の目指す「一番の弁慶」を演じるには、それ以上の努力が必要不可欠であり、さらに自分らしい弁慶を演じたいという欲もなければいけないと思いました。
勧進帳とは、兄頼朝に追われる主君義経とその一行が陸奥を目指して逃げようとする際、加賀国(現在の石川県小松市)の安宅の関(関所)でおこった物語です。既に全国の関所には「義経一行は山伏姿である。」という情報が入っており、ここの関守(関所の責任者)の富樫左衛門(とがしのさえもん)も山伏は厳しく詮議するつもりでした。
稽古で最も指摘されるのは「山伏問答」のシーンです。
これは、義経主従ではないかと富樫に怪しまれた時に弁慶率いるニセ山伏達が、疑いを晴らす為『悪霊退散の真言』を唱えた際、その真言について問われる場面です。『悪霊退散の真言』は、すべてアドリブです。真言の意味を富樫に厳しく問われますが、その受け答え全てが、その場で考えついた嘘なのです。この場面で僕達は、舞台全体に「殺気」「荒々しさ」を出すように指導されます。
富樫側は、“こいつらが義経達かもしれない…、だから絶対に化けの皮はがしてやる!!!”、弁慶側は、“ここまで生き延びてきたのに、ここでバレて捕まってしまったら元も子もない、なんとしてでもこの場を切り抜けなくては!!!”という状況なので、演者達には肉体的にも精神的にもギリギリの緊張感が求められます。
現代に置き換えて「ここは死んでも通さない」「イヤ死んでも通ってみせる」という場面などまず無いですよね(笑)。
勧進帳は、歌舞伎の中では荒事といわれる分野に属しています。弁慶は、それこそ荒々しさの象徴です。つまりそれ程の迫力を出せなければ、弁慶失格です。弁慶の迫力の頂点はなんといっても山伏問答です。
リアルに考えてみた僕の解釈ですが、結論からいうと荒々しさの中には焦りがあります。上のような修羅場で、山伏になりきって質問に答えるとき、言葉をかむことさえ「もしや義経では?」と疑われる事になってしまいます。「えーと、確か…」なんていう間を作ってしまえば義経が疑われる前に、自分が切られてしまうのです。殺気で舞台全体を染める事を意識して、そこに自分の思う「侍魂」を込めて山伏問答を演じていきたいです。
弁慶ばかり紹介してきましたが、富樫だって負けてません。富樫の良いところを紹介するとすれば、下記の場面だと思います。
これは、弁慶が山伏問答を乗り越え関所を通る事を許された際、最後尾にひっそりと居た強力(義経)を番卒に怪しまれた場面です。こうなったら仕方がないと思い、戦おうとした四天王を止め、弁慶は「そこまで疑うのであれば、この強力など只今この場で殺してしまいましょう」と実の主君を金剛杖で力の限り打ちつけます。そこで初めて、富樫は“この者達は本当の義経主従である”と確信を持つのです。その上で、弁慶の必死さに胸を打たれた富樫は一大決心をします。ここを通したことが幕府に知れたら自分がどんな目に合うか…。それでも、切腹覚悟で「そうまでして通ろうというのか…(悩む)、ならば……(さらに悩み、溜める)よかろう。通そうではないか(泣く泣く通す)。」そんな富樫の言葉で、舞台の殺気はみるみる消えていき、鬼の如き気迫で強力を殺そうとしていた弁慶も冷静さを取り戻し始めます。
ちなみに富樫の切腹がメインのその後の物語、「富樫」という演目もあります。
今回の富樫役は四期先輩ですが同学年の女子です。彼女とは、これまで「棒しばり」「仮名手本忠臣蔵~二段目・諫言の寝刃~」両演目 共にコンビを組んだ仲なので、今回も切磋琢磨し素晴らしい舞台にしたいと思います。
歌舞伎の舞台というものは、出演者全員、さらに後見までもが“演目を理解している”ということが土台にあり、その上に“稽古で培った「絆」”があって、舞台をより一層際立たせているのだと僕は思います。
皆様も、子ども・若草歌舞伎に繋がりつつある「絆」を感じてみてください。僕達が、先生方が、スタッフをはじめ関係者方が作り、本番が「満員御礼」になって勧進帳は完成します!心より皆様のご来場お待ちしております。
(Reported by Kosho Shiina [若草歌舞伎])